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一夜賢者(いちやけんじゃ)

若くありたい、美しくありたい

健康でありたい、豊かでありたいと

願うのは人として起こる自然なこと。

 

ですが、それだけが

人生の生きる目的というわけでは

なさそうです。

 

“どう生きるのか?”

 

その生き方を決めるのは、自分。

 

どんなに立派な人でも動物や虫でも、

生まれたものは死から逃れることは

できません。

 

いかに抵抗しようとも人は歳をとり変化し

最後には姿を消す存在。

 

常にかわりゆく“無常”の中で

私たちが見つめるもの、為すべきことは

一体、何なのでしょうか。

 

釈迦のいた時代、

森の中では500名の比丘が

瞑想に励んでいました。

 

しかし悟りの境地に至ることは

非常に難しいものでした。

 

比丘たちは悩んだ末に森を出て

釈迦に相談しに行くことを決め

その途中で大雨に見舞われました。

 

雨が水たまりに落ちては泡を作りますが、

その泡はたちまち消えては、

また雨粒によって泡を作り消える・・

 

比丘たちは気づきます。

 

「まるでこの泡のように

私たちの身体も永遠に続くことはない。」

 

常に変わりゆく中において

自分だけが例外ということはなく

この身も一瞬の泡のような存在・・

 

中部経典に釈迦の説いた

「一夜賢者(いちやけんじゃ)」

という偈があります。

 

過去を追うことなかれ

未来を念(おも)うことなかれ

過去は すでに捨てられたり

未来は いまだ至らざるなり

されば ただ今あるところのものを

そのところにおいて よく観察すべし

揺らぐことなく 動ずることなく

見極め 実践すべし

ただ今日まさに

なすべきことを熱心になせ

誰か 明日 死のあることを知らんや

まことに かの死の大軍と

遭わずというは あることなし

よく かのごとく見極めたる者は

心をこめ 昼夜怠ることなく 実践せん

かくのごときを 一夜賢者といい

また 心沈まれる者とはいうなり

 

何をすべきかを真剣に考え

いつなくなるとも分からない

この生命を無駄にしないように

気づいたそのときに

行動することが重要である、

説かれている。

 

人として生きるためには

働くことも必要。

 

ですが、食べるために必死に働き

溜まったストレスを解消するために

また食を貪り、贅沢を求めて生きるのでは

ただ渇愛の消化を目的に生きているようなもの。

 

この体は絶えず変化し、いずれは尽きる。

 

その理を受け入れて限られた時間を

どう生きるのか。

 

この世とは 泡沫の如くなり

この世とは 陽炎の如くなり

かくの如く世間を観る人を

死王は 見ること能わず

 

この世を

泡や蜃気楼のようだと観察する人を

死王は見ることができない。

 

「死王」とは
死を人格化した表現であり

「死王が見る」とは

死に見つめられる・・・

即ち、死によって心を悩まされる、

ということを意味しています。

 

この世の無常を真に

自覚できている人は死を恐れず

死に縛られることがない心であることは

古歌にも詠われているようです。

 

たらちねに 招かれ仮に 客に来て

心おきなく 帰るふるさと

(母に招かれ仮にこの世の客となった私は

心置きなく真の故郷へと帰るのである)

 

この世は仮の宿のようなものであり

死とは宿を去って生まれ故郷に帰るようなもの。

 

東洋哲理の教えは

私たちに様々な方向から

生きることについて問いかけます。

 

“どう生きたいのか?”

 

間違いなく老いは訪れ

誰一人として例外なく死を迎えますが

その死がいつ訪れるかもわかりません。

 

だからこそ

今というときをどう生きたいのか?

 

いろいろと考えさせられますね。

 

大切なことはいつだってシンプル。

どうぞ今をたいせつに。

 

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