誹りを受けざる者はなし
ある日、
コーサラ国の舎衛城に住む
アツラはレヴァタ長老の
ご説法を聴くために
500人の仲間と僧院を訪ねました。
しかしレヴァタ長老は
超然と座ったままで
沈黙を続けたため
アツラは不満を感じました。
その後、座を辞して
舎利弗尊者のもとを
訪ねました。
突然の来訪に
舎利弗信者が
なぜ来たのかと尋ねると・・
「レヴァタ長老が
私たちにご説法を
してくださらないからです。
私たちに有難い教えを説いてください。」
とアツラはお願いしました。
舎利弗尊者が長時間かけて
親切丁寧に詳しく説くと
この内容はレベルが高く
誰一人として理解できず
「舎利弗尊者のご説法は
長すぎて、難解すぎる」
と不満を言いながら
続いて阿難尊者のもとを訪ね
同じようにご説法を頼みました。
阿難尊者は気を利かせて
簡略に教えを説きました。
しかし今度は、
「阿難尊者のご説法は
短すぎて、簡単すぎる」
と非難するのでした。
最後に彼らは
釈迦のもとを訪ねて
これまでの不満を訴えました。
静かにアツラ達の不満を
聴いてから釈迦は
次の偈を唱えました。
アツラよ
これは 古より謂うところにして
今に始まるものにあらず
人は 黙して座するを誹(そし)り
多くを語るを誹(そし)り
また 少なく語るも誹(そし)る
およそ この世に
誹(そし)りを受けざる者はなし
ただ 誹(そし)らるるのみ
ただ 讃(ほ)めらるるのみ
かかる者 過ぎし日になく
来る日にもなく
今もまた あることなし
アツラよ
これは昔から謂われていたことである。
今に始まったことではない。
何も言わず、ただ黙って
座っているだけでも非難され、
多くを語れば、喋りすぎると非難され
たとえ節量をもって語ろうとも
非難される。
この世に誰からも
非難を受けない人など存在しない。
しかし、非難だけされる人も
また賞讃だけされる人も
過去、現在、未来において
存在しない。
そして、口の罪については
こう唱えています。
人は生まれながらにして、
口の中に斧が生じている。
悪口を言ってその斧によって
自分自身を斬るのである。
口は禍の元。
心してまいりたいと思います。
大切なことはいつだってシンプル。
どうぞ今をたいせつに。