修羅界と堪忍土(かんにんど)
東洋哲理の教えには
六道輪廻の教えがあります。
六道とは、
地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天界。
人の心はこの六道を
常に巡っては現実を創ることで
心の安寧が得られないことも
よく説かれています。
その六道界の中の
修羅界は阿修羅王が
創ったとされている世界です。
阿修羅はもともと
「正義」の神であり
天界に住んでいました。
阿修羅には舎脂(しゃし)という
天界でも評判の美貌をもつ
美しい娘がいました。
ある時、舎脂を見て
気に入った帝釈天(たいしゃくてん)が
力ずくで舎脂を自分の宮殿に
連れ去ってしまいました。
帝釈天は力の神で
天界でも最強でした。
怒った父親の阿修羅は
武器を取って帝釈天に挑みますが
何度も何度も敗北しました。
一方、当の舎脂本人は
最初の暴力で帝釈天に
連れ去られたものの
その後は帝釈天の妃として
幸福な生活を送っていました。
やがて・・
阿修羅のあまりの執拗さに
帝釈天は阿修羅を天界から
追放してしまいました。
そして、
元々は「正義」の神であった阿修羅は
魔物となり、人間界と畜生界の間に
戦いの世界である「修羅界」を
構えることになったのです。
一分の正義があるが故に
修羅界は、地獄、餓鬼、畜生の
三悪道に属することはなく
むしろ天界との縁が深いとも
いえるのでしょうが・・
常に怒りの中に
身を置いているので
人間界よりも下に存在する
世界とされています。
その世界の根本にあるのは
「自分こそが正しいのだ」
という自惚れの心と
相手を見下す驕慢の心と
されています。
修羅界には大きな特徴があります。
それは、
やったらやり返されるという
「報復の連鎖」による抗争が
長期に渡り繰り返されることです。
それはどのくらいの長さかというと、
修羅界の住人の寿命が五千歳という
長さであると説かれていますが、
この五千歳は
修羅界の一日一夜が
人間の五百歳にあたるため
およそ九億千二百五十万年という
途方もない長さになります。
この苦しみの連鎖を絶つ解決法は
どちらかが自らの感情を抑えて
報復をやめることしかありません。
無量寿経には
次のように説かれています。
世間の人民 父子 兄弟 夫婦
家室 中外の親族
当(まさ)に相敬愛し(あいきょうあい)て
相憎̪嫉(あいぞうしつ)することなく
有無 相通じて
貧借(とんせき)を得ることなく
言色(ごんしき) 常に和して
相違戻(あいいらい)すること
莫(な)かるべし
世間の人はお互いに皆で敬愛して
お互いに憎み、嫉むことなく
財産のある人もない人も
お互いに分け合って
貪り惜しむこともなく
言葉遣いや表情を常に和らげて
お互いに道理に外れることが
あってはならない
釈迦は、比丘たちが
互いに争うのを見たときに
次の偈を唱えています。
我らは この世を堪え忍び
やがて死する者なり
愚かなる人々 この理を知らず
人 若(も)し
この理を覚らば 争いは息(や)まん
「自分が正しい」と
主張する者同士が言い合いになると
お互いに「相手が間違っている」
という考えから抜け出せず
論争は収まりません。
相手に対する怒りや
憎しみの心が沸いてくれば
その心がエスカレートして起こることが
争いとなります。
東洋の教えではこの世のことを
『娑婆(しゃば)』と云います。
これは、
サンスクリット語の
「サハー(忍耐)」を
漢字で表しており
「堪忍土(かんにんど)」と云い
“堪え忍ぶべき土地”という意味です。
つまり
“この世は
堪え忍んで生きて行く場所である”
という意味になります。
これはこの娑婆世界が
私たちにとって「修行の場」
であることを示してもいます。
「自分は正しいのだから
相手に怒りをぶつけても
力でねじふせても構わない。
争いになっても仕方がない。」
こうした心は
怒りや暴力、争いをも
正当化していきます。
和国の教主である聖徳太子が
日本に制定している憲法十七条には
こんな文章があります。
忿(いかり)を絶ち
瞋(いかり)を棄て
人の違うを怒らざれ
人 皆 心あり
心 各(おのおの)執るところあり
人が自分と同じ考えや
意見ではないことに腹を立てたり
許さないと思ったりする心を棄てなさい
人にはそれぞれ心があり
その心に従って行動しているのだから
この世は堪え忍ぶ土地・・
真に「修行の場」であると
痛感する教えでした。
大切なことはいつだってシンプル。
どうぞ今をたいせつに。